あの敵味方が入り乱れ全力でぶつかり合う輝くようなフィールドを、
あの湧き上がる歓声の渦とそれに呼応するような熱い気持ちの昂ぶりを、
自らを遠い異国まで運ぶほど情熱を滾らせた、その元となるアメフトを、筧はかなぐり捨てた。
挫折を受け止められず、それを受け止められない未熟な自分を受け入れられず、
自分というアイデンティティを失い、どうすることも出来なくなった筧を、
アメリカの夜の街、輝くネオンとその奥に佇む底の見えない闇は、なんとなしに受け入れた。
街へ行けばすぐに仲間は見つかった。
ただ騒ぐことが好きなだけのそいつらとつるむようになって、夜の街へと毎夜繰り出すようになった。
それから、あのグループが昨日強盗をしただとか、向こうのグループが一昨日集団強姦をしただとか、
そんな犯罪の類は、筧はごく普通の身の回りの出来事として、慣れていった。
もちろん生まれ持った正義感から自身は決して自らの手まで染めることはなかったし、
心の奥底では遺憾の炎を燃やしはしたけれども。
社会全体に巣食う犯罪だなんて、筧には関係のない話だった。
そんなことより、仲間と集って時間を消耗出来れば、それで良かった。

ときどき治安の悪さを前もって知らず、また知らなくとも肌で感じることさえ出来ない、
自国と同じような感覚で練り歩く馬鹿な同胞も見た。
たった今も、仲間の車に乗せられながらよく行くクラブの駐車場に入っていけば、
アジア人と思われる中年男性が、タクシーの運転手に銃を突きつけられているのを見た。
筧が助手席の中からそれを目にした瞬間、運転席の仲間はせっかくの楽しい気分が台無しだと吐き捨てて、
厄介ごとに関わるのはごめんだと言わんばかりに車を反転させて、現場から抜け出した。
よくある強盗なのだ。金さえ素直に出して余計なこともしなければ、命の危険もたぶんない。
それまで車の中ではそのクラブの話で盛り上がっていたので、車に乗っていたメンバーは皆一様に気分を害され、
あのタクシーの奴は前もどこどこを荒らしていただとか、
どれだけ搾り取っても組織に上納しなきゃならないただの犬のくせにだとか、
そんなような話で罵詈雑言を言い合った。
筧は仲間のスラングを聞きながら、ただ黙って缶ビールを空けていた。
いつものことのはずの犯罪でも、目撃してしまうと胸糞が悪い。
それでも元々無愛想で無口な筧の不機嫌さには、仲間は誰も気付かない。
結局車は元の歓楽街の端へとたどり着き、そのまま解散となった。

なんとなくどこかに糸が絡みつくような思いを抱えながら、筧はネオンを背に、
地下鉄の駅へ行くため、古いアパートの立ち並ぶ道へと向かって歩いた。
ホームスティ先のおじさんやおばさんは心配しているだろう。
或いは夜遊びを嗜めつつ日本の親には秘密にしてやるぞとおかしそうにウインクするか。
もしもこのまま酒の匂いも消さずに帰れば怒るのかもしれない。
いっそそういうものをもろとも怒鳴りつけてやりたいが、生来の性格の為か、ぶち壊すことも出来ない。
ただ黙ってすみませんでしたと言うだけだ。
気分が晴れない。
毎日仲間といても消えるどころか積もっていく、この気持ちはいったいなんなんだ!
くそ!
苛立つままに手にしていたビールの缶を地面へと叩きつけた。
全部どうにかなっちまえ!

ガ!「きゃあ!」

中身の残る缶と固いアスファルトとの派手な打撃音とほぼ同時に、
すぐ後ろで若い女の悲鳴を背中にぶつけられた。
「もぉ〜何よ声かけようとしたらいきなり…あ!」
何事かと筧が振り向くと、その拍子にタンクトップからむき出しの腕が誰かの肌にぶつかった。
驚いて少し下方に目を向ければ、暗闇の中、びっくりしたようにこちらを見上げる少女の顔があった。
思わず筧は眉をしかめた。
自分のすぐ真後ろに、いつの間にか人がいたのだ。
時間のせいか人通りもまばらなこの道で、夜の闇に包まれているとはいえ、
こんなに近くに人が寄っていたのに、全く気が付かなかったとは。
車の中でついビールを口にしすぎたのか、それとも気分が荒れていたせいなのか。
見れば自分の腕は彼女の露出された肩だか腕だかに当たってしまったらしい。
身を竦ませた少女の表情が暗闇の中ぼんやりとした街灯に照らされてなんとなく見える。
たぶん日本人であろう東洋人特有の平たい顔と、アメリカで見慣れた金髪や赤毛ではない、
闇を吸い込むような黒髪が、筧の目に映る。

夜の影が落ちる中、先ほどの大きな音に驚いた野良猫が、太った体をむくりと起こして、
大人と子供のような二つの人影を睨んでいる。

ガタイがよくまた目つきも悪いとよく言われる自分に目の前で見下ろされ、
見ると少女は少し萎縮しているようだった。
それでもお互いを認識すると、少女はひきつり気味の顔をニコリと固く笑わせた。

「え、え〜と、あなた日本人?アー、ユージャパニーズ?」
少女の英語の発音は、つたない。いかにも英語を喋れませんという類のものだ。
「……ああ、そうだ。……あんた、なんで。」
恐らく観光目的だろう日本人の幼い女がどうしてこんなところに、しかもどうして一人でいるのだとか、
どうして自分のすぐ真後ろにいて自分に話しかけてくるのだとか、
瞬時に複数の疑問が浮かんだ筧は、そこで言葉を区切った。
ずっと表に出さないでいた自分の苛立ちの爆発を目撃されて、初対面である少女の前にも関わらず、
ただでさえ無愛想な筧の顔が、さざなみだった心によって更に険しくなる。
その筧の表情や問いかけるような語尾にも気に留まらないかのように、少女は相手が日本語を喋れると知った途端、
強張っていた顔を自然な表情に綻ばせた。
「やー!良かった!日本語喋れるのね!今まですっごく不安だったんだってばー!」
猫はその太陽のような大声に逃げていった。

少女は瀧鈴音と名乗った。
それに応じて筧が答えた彼の名前だけを確認すると、鈴音は、自分の状況を筧にまくしたてるように話し出した。
自分が家族旅行で日本からアメリカに来ていることや、
家族で歓楽街に訪れていたがつまらなかったので一人で趣味のスケートを楽しんでいたこと。
そのうち道に迷ってしまい言葉も通じず不安だったこと。
そんなときに車から降りる筧を見て、日本人らしかったので声をかけようとついてきたこと。
そして筧が思惑通り日本人で、一人でずんずんと歩くのを見て地理にも明るそうだと安心したと、
自らの選別眼を誇るように笑う。
「あんた……」
鈴音の得意げな笑顔を見て、筧は呆れるように呟く。
鈴音が話し込んでいる間にその姿をふと見やれば、その軽装が筧の目にすぐに入ってくる。
肩を露わにした白のチューブトップは夜の中でも目立っていた。
黒いスパッツは身体に密着していて、その引き締まった脚の形をそのままに晒しだしている。
肘と膝にプロテクターは着けてるとはいえ、露出も多い。
背も低く、短目の髪を跳ねさせた黒髪の中でくるくる表情の変わる顔の造詣も悪くはないし、
足につけているスケート靴の他には、抵抗されて困るような武器ももっていそうにない。
まだ幼いのに、一人で警戒心も持たずに夜のこの街をふらふらとしていたとは。

「……こんな所に来ちゃあ、あぶねえよ」
「うん、実はちょっと危ないかもと思ってたんだよねー…。
でもなんにもなく筧さんと会えたし、結果オーライじゃん!ね!」

分かっていなさそうな顔で息を巻いて大丈夫と言ってはいるが、
筧はその顔を見てますます危なっかしい子だなと思った。
自分みたいな男なら、もしもちょっと腕を伸ばして力で締め上げてやれば、
それだけで、すぐにでもこんな小さな体は抑えられそうなのに。
見れば勝気そうだけれど、腕力があるわけでもなさうだし、もし自分にかかれば……。
(……何を考えているんだ、俺は)
ふと邪念がよぎった自分に、すぐに我に返って嫌悪する。
やはり酒を飲みすぎたのだろう。思考回路がどこか一歩飛び越えて走っている。
「とにかくどこだ?ホテル」
「あ、えーっと、モーテル・スリー・フェニックスっていうところなんだけど…」
頭の中に描かれた想像を振り払うように聞けば、少女の口からは近くの大きなモーテルの名前が出てきた。
場所を思い浮かべる。
遠くはないが、ここからだと多少危ない道を通ることになる。
「……ああ、知ってる。来いよ、そんな遠くねえから」
「へ?」
「もう夜遅いし、危ないから送ってってやるだけだ」
酔いを醒ますついでだったのだが、ありがとう!という弾んだ鈴音の声が聞こえた。

これが運命の境目となったことに二人は気付かなかった。

背が高い分足も長い筧は歩くスピードも常人より速い。
そのために、普段女性を横に歩くときには、その速さにも気を使うものだ。
しかしスケートではこちらの歩く速度に合わせて走れるようだったので、
筧は気にすることはなくいつもの速さで歩いた。
堂々と歩く筧は、言葉も通じない地で一人さ迷っていた小さな鈴音にとっては、頼もしかったに違いない。
それでも人通りも少ない暗い夜道を歩くのは、すぐ横についていないと不安になるのだろう、
勢いも弱めにシャリシャリとタイヤの廻る音を立てながら、鈴音は上手くコントロールして一定のスピードを保ち、
背の高い筧の横を離れないように付いていた。
頭一つ以上も背の違う二人は、遠目から見れば、同じ黒髪の東洋人、年の離れた兄妹のようにも見える。
このとき実は、過度に摂りすぎたアルコールのために、徐々にではあったが、筧の自制心は霞みつつあった。
けれど筧がなんのこともないように気を張って外には見せなかった為に、
鈴音は彼のそんな状態には気が付かない。
自身もあまり何かを考えないようにすることで、無意識にその状態を終らせようとしていた
だから、筧は何かを話そうとはしなかった。
けれども隣の少女は道中無言を好む性ではないのか、
夜影に合わせた小さい声ながらも、筧に次々と話しかけてくる。
「ねえねえ、筧さんって大人っぽいけど、何歳?」
「……14」
「えー嘘!タメ!?信じらんない!」
すぐに大声を出し心底驚いた顔であんぐりと口を開ける鈴音を見て、筧は片眉を吊り上げる。
筧もこの少女と同い年とは信じられないと思った。
実を言えば小学生かと思っていたものだ。
しかし、そういえば日本にいる頃は同級生の女は皆これくらい差があった気がする、と筧は思いだす。
女だけではなく、あの頃はクラスメイトは皆自分よりも背が低い奴らばかりだった。
忘れていた、自身の身長が特異であったことを思い出し、
その身長のために何故今自分がこんな毎日を送っているかということまですぐに行き着いてしまい、
忸怩たる思いにとらわれる。

「なんかお酒っぽい匂いするし18歳くらいかと思った…兄さんとは比べ物にならないわ…」

「瀧、さん、お兄さんがいるのか?」
自身でも気付いていない、募りつつある苛立ちを隠すように、表面上で筧は話に乗る。

「あ、鈴音でいいよ。……そ、私兄さんいるんだけど、それが誕生日の関係で兄さんも同じ年でさ。
背は私よりは高いけど、もう筧さんとは比べ物にもなんない!第一中身がバカなのよ」

取り留めのない話を聞きながらも、筧はだんだんと感情が振り子のように揺れ動いていくのを感じていた。
昔の世界を知らずに得意になっていた自分と、こちらに来て打ちのめされた自分。
(なんで今突然こんなこと……。クソッ、飲みすぎたのか……!)

「今回の家族旅行も兄さんがアメフト観戦したいからってすっごくうるさかったからここに来たのよ。
兄さんやったこともないのにアメフト好きでさ」

勝手な心の動揺を外には出さないよう努めていたが、
それでも気持ちに合わせて、知らず知らずの内に筧の表情は険しくなっていく。

突然缶ビールを地面に叩きつけたあの衝撃が筧に舞い戻ってくる。
(全部どうにかなっちまえ!)

「私はよく知らないけど…なんであんなに夢中になれるかなって思うくらいアメフト一筋でね」

さっきの邪念が創り出した少女を押さえつけた場面が頭に過ぎる。
(俺にかかれば……)

「でもチームには入ってないから、ルールさえろくに知らないの」

暗澹たる気持ちが隣で話す少女の方に牙を向いていくのが分かる。
同時に不思議な高揚感が身体を覆っていく。
駄目だ、と頭の中で警鐘が鳴ると共に、やってしまえと本能が吠えだそうとする。

「うちの中学アメフト部がなくてさ。
だから高校生になったらアメフト部のある学校に絶対行くんだー!って」

周りは人通りも少ない。
ぼんやりと漂うような街灯の光もぽつりぽつりとしかない道は暗く、人目もつかない。
軽犯罪の暗礁として以前から問題になっている地域だ。
ここらではよくあることなのだ。

「ほーんとなんであんなに夢中になれるんだろ?
……まあ、私としては、あんなのでも、それだけ好きなら、頑張って欲しいとは、思うけどねー……」

兄を馬鹿にしているような、それでいて優しく見ているような、
家族として兄への情を語る鈴音は、筧のその様子に気づくことが出来なかった。

筧には既に鈴音の声はあまり聞こえていなかった。
それよりも体が熱かった。
酒に酔った浮遊感がいつの間にか身体を支配している。
衝動が筧の中でハイスピードでぐるぐると廻る。
見下ろせば前を向く少女の黒髪の下に白く細いうなじが見える。
抑えきれずに筧は思わず鈴音の腕を掴んだ。
いきなり立ち止まって腕を掴まれ、鈴音は驚いて上を見上げたが、暗くて筧の表情は見えない。
そのとき筧の目に映ったのは、不思議そうに首をかしげる鈴音の、僅かに怯えた顔。
その顎の下のくびれた鎖骨と白い胸元。

「筧、さん?」
「おい、少し黙れよ」
「え?」
「いいから!」

無表情ながらも初対面の自分をわざわざ送ってくれている、優しい男の子だと思っていた筧のいきなりの豹変に、
びくりと鈴音は固まった。
筧のような無口なタイプは初めてだったとはいえ、交友関係の広い鈴音は普段男友達と喋っていても、
そんな風に男の子から怒鳴られたことはなかったし、そんな風に男が怒鳴るとは、想像もつかなかった。
同じ日本人とはいえ、知り合ったばかりの自分と体の大きさが全然違う男の人と、
路地裏のような乱雑な夜道に二人きりというその状況の中、鈴音の背に急に本能的な恐怖が走る。
筧は、前へ向き直った。
そして腕を掴む力はそのままに、鈴音の方を見ることなく、強引に前へ歩き始める。
腕を拘束したまま何も話さず自分を連れ出すような筧に訳が分からなくなって、鈴音は思わず筧の背を見上げる。
(なんだか今一瞬、とても怖かった、けれど……)
もしかしたら、自分のおしゃべりが筧の気分を悪くさせたのかもしれない、
自分の浮ついた声がうるさかったのかもしれない、と鈴音は恐る恐る考える。
でも、その理由が分からない。
それにぎちりと掴まれた腕が、痛い以上にやはり、恐ろしい。
前へ進む二人の間を、立ち並ぶ雑居ビルの隙間から噴き出す生暖かい風が通って、鈴音を不安にさせる。
すぐ横に抜けていく細道は暗闇へと伸びていて、どこに続いていくのかまるで先が見えない。
ぱっと見たとき、彼は悪い人じゃないと自分の直感が告げたのだ。
同じ黒髪を持った日本人は、異国で置き去りにされたような気分だった鈴音にとっては何よりも安心できたし、
話しているうちに鈴音は自分のその直感を確信した。
だから、鈴音は筧を、疑いたくはなかった。
けれど掴まれた腕から伝わってくる緊迫感は、鈴音の気持ちを怯えさせ続ける。
それでも少しの間進むと、暗かった道から観光街特有の明るさに満たされているのが次第に見えてきて、
明るく騒がしい街の音が微かに響いてきた。
遠くに数多く瞬くネオンの中必死にローマ字を読み探すと、
すぐ近くにモーテルスリーフェニックスという文字の描かれた看板が見えた。
その文字を見つけたとき、初めて鈴音は、
筧を疑ってしまい申し訳ないとは思いながらも、心から安心することが出来た。
自分の嫌な予感は杞憂だったと思ったときだった。
「見えたよ!モーテルスリーフェニックス!あ、ありがとう!」
変な風に疑ってごめんなさいと心の中で反省しつつも、
やっと見たことのある風景へと帰りつくことが嬉しさに声を張り上げ、駆け出そうとする鈴音の腕を、掴んでいた筧の手が引いた。
「な、何?どうした、の?」
今までの不自然な空気を背負ったままなのか、鈴音の声は知らず焦っていた。
「そっちじゃねえ。こっちだ」
そのまま筧は暗闇へと鈴音を連れ込んだ。

「きゃ!な、何!?」
道沿いから離れた暗がりのアスファルトの上に突然放り出されて、鈴音はしたたかに腰を打った。
腰をさすっていると上から影が降ってきて、見上げれば待ち望んでいた街の光を背に、人の形をした闇が鈴音を見下ろしている。
こちらを見下ろすその闇は自分の身体を当然のように放り投げた筧には違いないのだけれど、
闇の色に染まったそれは隣で並んでいたときよりも何倍も大きく見えて、鈴音には彼の様子が全く分からない。
ゴミ置き場なのか、特有の生臭い匂いが鼻を掠める。
「あんた、もうちょっと警戒心持った方がいい。こんなところを夜に一人で出歩いて」
「な、に…」
腰に走る痛みに鈴音が立ち上がれずにいると、男の影がそのままゆっくりと迫ってくる。
「さっきも日本人がカモられてんの見たんだ。こっちはあっちみたいに安全な訳でもねえのに、馬鹿ばっかだな」
「……や!助け!んーー!!」
叫ぼうとしたその口は素早く座り込んだ筧の大きな手に塞がれて、最後まで言葉を発することは出来なかった。
「日本語なんてここじゃ誰にも通じねえよ。だいたい人は皆向こうの明るいところばっかで、この辺は誰も通らねえ」
筧の低い声はまるでこれから起こる嵐の前の静けさを表すかのように静かに落ち着いている。
「でも大丈夫だ、朝になったらモーテルの清掃員がここに来て見つけてくれるから。
わざわざここまで連れてきてやったんだ、そのままヤンキー共に輪姦され続けるなんて目には合わねえよ」

「!!」

輪姦すという単語の意味は鈴音は直接的には分からなかった。
それでも、その響きと筧の暗い声色が、鈴音の全身を一瞬にして総毛立たせる。
足に装着していたローラーブーツで蹴り上げろという信号が鈴音の頭の中で必死に発されていたけれど、
身の危険を訴える悪寒が足元から這い上がってきて、膝が言うことを聞かない。
慣れない街の雰囲気と筧の鋭い雰囲気に気圧されて、身体が凍ってしまう。
知らない国の、暗いゴミ捨て場。
助けを呼ぶことも出来ない。
目の前が揺れる。
恐怖でがちがちと歯が噛み合わない。
震える顎を掴んで、筧は鈴音の顔を強制的に自分へと向けさせた。
「やっ!なん、で、筧さんっ!」
筧の口から吐き出される僅かに酒臭い呼気が、鈴音の顔に近づいてくる。
「うるせーな……うざいんだよ、いろいろ……」
間近で見る筧の目は酔いが回っているのかどこを見ているのか分からないのに、
何故か顔立ちに張り付いた真剣さが、凄みを増して鈴音を襲う。
(初めて見たときは、お酒の匂いはしたけど、缶の音には驚いたけど、でもいい人だって、思ったのに、どうして!)
「い、や、はなして、たすけ、誰かっ、兄さ、んんっ」
震える口元に抵抗出来ないまま唇が押し付けられた。
鈴音といえば必死に両腕で無理矢理寄せてきた身体を押し退けようとしていたけれど、
己の唇に初めて感じる他人の唇と、そこから入り込もうとしてくる酒臭く気持ちの悪い体温に、目尻から涙が溢れそうになる。
唇を割った筧の舌は更に侵入しようとしていたけれど、震える歯が邪魔でそれ以上奥に進めない。
それでも無理矢理ねじ入れようと筧のそれが歯列を割った瞬間、
鈴音の顔が勢いよく上へと上げられて、その勢いで下から歯に思い切り舌を挟まれた。
ちっと舌打ちをして筧が唇を離すと、痛みと共に口の中で鉄の味を感じる。
見ると鈴音は空いた拳で言うことを聞かない自らの顎を力の限り押し上げたようだった。
顎だけと言わず手だけと言わず、全身を震えさせて唇を押さえているものの、その涙目は筧を明らかに睨んでいる。
「……やるじゃねえか。でも」
筧が手の平で鈴音の身体を押さえ、そのまま後ろへ押し倒した。
鈴音の背と頭が思い切りアスファルトに打ちつけられる。それでも鈴音は激しい痛みを感じる余裕もなかった。
自分を襲う危険を弾き飛ばすことに精一杯で、上に覆い被さってきた筧を突き放そうと必死にもがく。
しかし小さな身体しか持たない鈴音にとって、体格差が一回り以上もある筧に抗うことは、到底不可能な話だった。
ただ自分を覆おうとする大きな胸元しか見えず、どれだけ必死に拳を握り締めて殴りつけても、そこはびくともしない。

ガチャガチャガチャンッ!!

突然ガラスの割れる音が響き渡る。
鈴音の耳にその派手な音が突き刺さって一瞬にして身が強張る。
続いてダンと殴りつけられた地面の音が響く。
鈴音がサビの切れたロボットのようにぎくりとそちらへと首を向ければ、
そこには自分の上にある身体から伸びている腕の先、拳と、惨劇の後のような空き瓶達があった。
転がる瓶は乱雑に割れ、立っている瓶もその胴から上がない。
微かに降る光は乱反射し、その中のいくつかが、
自分達を壊したその拳から垂れる液体を受け止め、鮮やかな赤色を暗く光らせている。
「こうなりたくねえんなら大人しくしてろ」
「……っ…っ!……っ!…!」
恐怖で声が出ない。
浅い息が喉の先だけで繰り返される。
頭の中が真っ白になって、滲む視界に耐えられない。
それでも目を閉じることも出来ず、身体は石のように動かない。
(嫌!嫌!やめて!来ないで!)
力も敵わない大きな身体を持った男に責められて、まだ14歳という幼い鈴音の思考回路は完全にショートしていた。
相手は身体が大きいとはいえ同じ14歳の子供であるということも、
それ故いざとなれば隙を見て反撃できるかもしれないということも、もう全てが判別付かずに、
ただ暴力という行為を間近に見せられ、そこからたどり着く死という恐怖に、全身がどうしようもなく震える。
例え再び口付けられそれが更に首筋や鎖骨へと移動していっても、
鈴音は暴力の衝撃に身を慄かせることしか出来ない。

筧は自らの行為がそこまで重い効果を与えているとは気付くことは出来なかった。
筧自身も初めて犯す犯罪に興奮しきっていて、頭の中で弾けた衝動が熟慮させる暇を与えない。
ただ相手が抵抗しなくなったことだけを確認して、行為の可能を悟った。

鈴音の肩を片手で押さえ、血だらけの手で白いチューブトップを捲り上げる。
その下にあったのはいつか見たことのあるビデオのような色っぽい下着でも膨らんだ乳房でもなかったが、
それでも無理矢理剥ぐというその行為自体に興奮を隠し切れない。
筧の鋭い目つきの下に気付かず興奮の赤みが差してくる。
その下のスポーツブラを更に上に捲った。
暗くてよく見えないし、服の上から感じていたのと同様にやはり胸と呼べるほど膨らんでもいない。
けれど、そんなほとんどないような胸でも、男のものとは全く違う。
華奢な体つきの上で初めて見る女の胸は可愛らしい。
そこに小さくぽつんと膨らんでいる二つの乳首が見えて、筧をかき立てる。
実体験のない筧は何も分からずにただ導かれるようにそこを親指で擦り上げた。
同時に鈴音の口からはひっと短い悲鳴のような甲高い声が上がる。
筧が鈴音の顔を確認すると、少女はただ必死に耐えるように目をぎゅっと瞑っている。
元気の良い笑みを振りまいていた顔は、今は眉尻を下げ、睫を震わせて、完全に怯えている。
その表情を見た筧は、見てはいけないものを見てしまったかのように、すぐに目線を下に戻す。
そしていいのか良くないのか、ただ知識として持っていた行為を続ける。
何回か上下にくにくにと擦れば、感触は次第に固く、先は尖ってくる。
よく分からないまま、筧はその大きな手でもう片方の胸を包んだ。
包むというよりは掴むと言った方が正しかったかもしれない。
乱暴なその大きな手には鈴音の小さな胸は余り、筧は脇の方にまで指を回し、手の内をいっぱいにする。
思っていたよりそこは、ずっと柔く、頼りなかった。
それが自分の思うとおりに手の中で揺れる。
その感覚に夢中になった。
ガラスの欠片が食い込んだままの拳からは未だ血が止まらずに流れ続けていたが、
筧は過ぎる興奮のために全く痛みを感じていなかった。
流れ出す血が筧の皮膚の上から鈴音の身体の上に伝い、
無骨な指の股から手の平の中へと入り込んできて、胸を揉む度にぬるぬると滑らせる。
それを何度も繰り返す。
少女は何もすることが出来ずにその幼い身体を男の思うがままに弄ばれていた。
快楽など感じるはずもない。
ただ暗闇の中で、胸の上に置かれた体が熱く、露わにされた素肌にかかる荒れた吐息を感じた。
背中のアスファルトは固く、その背に食い込んだ幾つもの小石の感触と、
自分の耳障りな呼吸音だけが、いやにはっきりしている。
これまで性行為に自らを投じたことがない筧は相手を気遣う愛撫というものを知らない。
そのため局所のみを攻めることしか思いつかず、自分が満足するまで乱暴に胸を扱った後は、
本能の趣くままにすぐに手を下肢へと及ばせる。
スパッツを下へ剥ごうとするが、慌てたその指は身体に密着したそれを上手く降ろすことが出来ない。
先ほどの癇癪でそうとう深くガラスが刺さったのか、まだ止まらない血が指先を滑らせる。
苛立ち、筧は構わずスパッツの下に手を差し入れた。
「っ!」
自分ではない体温が、スパッツの下の敏感な肌に直接触れてくる。
鈴音の全身に寒気が走る。
「やめて…!……おねが、い……っ」
勢いのないか細い声で中断を訴える鈴音の泣き声が頭の上の方から降ってくるが、筧は表情も変えずに手を進める。
直に触れる鈴音の腿は熱が篭っていて熱く、僅かに汗ばむ肌は柔らかく、しっとりと手の平に吸い付くように筧の手に触れてくる。
伸縮性の良いスパッツが無理な形に伸ばされるのも構わずに、その手はその先更に熱の篭った中心へと進んでいく。
下着に行き当たり、その下に指を入れ、滑らかな肌の上を股間の方へ差し伸べると、指先に薄い毛が触れた。
いよいよ気も焦るが、しかしそれ以上奥まで差し入れるにはどうしても生地の限界があるのか、
押さえ込められる圧力が強すぎて進めない。
仕方がなく一度手を外に出した筧は、鈴音の様子を見て逃げることはないと判断し、
一度身を起こしてもう片方の腕を背中へと回した。
その小さな身体の細い腰ならば、筧の腕一本で十分に支えられる。
そうして腰を浮かせた後、今度は最低限だけの慎重さで脱がしていく。
下着も共に捲り、曝け出されつつあるその肢体に、気持ちは自然と逸る。
けれど、傍目にはさも冷静なように、まるで自分が自分ではないように、筧の腕は何故か妙に滑らかに動いていく。
スパッツを腿の辺りまで降ろすと、先ほど触れたであろうまだ薄い陰毛と、その下の割れ目が、外へ晒された。
「やだ……やだ……」
その間も鈴音の口からはうわ言のように同じ言葉が漏れていく。
筧の心臓が緊張と興奮で更に早鐘を打つ。
けれど腿で留まっているスパッツはプロテクターとブーツが邪魔になってそれ以上脱がせられない。
こんな中途半端な状態では足を開かせることも出来ず生殺しのようなものだ。
深く考えずにただ指が自然に動いて、片足を腕で抱えて上に上げさせ、すぐに片方のブーツを外させる。
細い足首を持って、小さな足から下着ごとスパッツを脱がす。
筧の目はもう完全に闇に慣れていた。
胸は露わにされたまま、片足だけスパッツを脱がされ、下半身を裸にされた鈴音の白い肢体が、目の前にはっきりと見える。
引き締まった腰に、可愛らしいヘソ、その下のまだまばらな陰毛と、その奥の未知の部分。
筧が迷うことなく両腿を開いた。

「!!」

呆然自失としていた鈴音でも、足を開けられ、そこが外気に晒されたのは、はっきりと感じた。
初めて人に、男の人に大事な所を見られているそのショックに耐え切れず、鈴音は両手で顔を覆う。
絶望の涙が後から後から溢れてくる。
筧といえば、初めて見る女性器を、ただ凝視する。
膝を立たせて足を大きく横に開かせる。
まだ未成熟なそこは暗闇を吸収した暗い桃色で、密やかに入り口は閉じられ、男などまだ待ち望んではいない。
筧の指がゆっくりとそこに触れた。その瞬間鈴音の身体がびくんと跳ねる。
お構いなしに筧の指先は動いた。
快楽を与えるためではなく、器官を確認するためだけのように、
筧の長い指が、鈴音の熱く湿り気のあるそこを、探っていく。
上下に動かすとびらびらの奥に先を見つけた。
たぶん、ここだ。
試しに指先を挿れてみる。鈴音の身体が硬直するのが分かった。
背中を押さえていた腕で腰を固定し、構わずに指をぎちぎちと奥へと進める。
思っていた以上に狭いのは身体が小さいせいもあるのだろうか。
鼻水をすすり、痛い、痛いと訴える、鈴音のくぐもった涙声が聞こえる。
その声が余計筧を興奮させる。
濡れてもいないそこを無理矢理おし進めた。
未だ止まらない筧の血が指先に伝い中に入り込んで僅かに潤滑を助ける。
こんなに狭いんじゃ入りようがない。
筧はなんとか広げようと、自らの唾液も塗りつけ、指を動かそうとする。
入り口で血液と唾液が混ざって微かにくちゅくちゅと音が立つ。
狭く抵抗も強いその内部をなんとか濡らし慣らそうとする。
でももうまどろっこしくて堪らない。
少女の身体はくにゃりと柔らかく、その身体を支える腕に触れる肌は滑らかで、
何よりその身体は今自分が自由に扱えるのだ。
もう抑えきれない。
指を離すと僅かな努力もかいがあったのかかぬちゅりと音がした。
でももうそんなことに意味はなかった。
前を手早く寛げ、ずっと張り詰めていた雄を取り出す。
一度身を離し、筧は改めて鈴音の上へと覆い被さる。
手を添えて入り口に自身を宛がい、衝動を抑えきれずに、すぐに奥へと突き進んだ。
「あ、、いや、やあ、いやあっ!!」
その行為と痛みに鈴音は驚愕した。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
それから今までのショックが一瞬で飛び、すぐに自分の中に無理矢理入り込もうとする異物から、
無我夢中になって逃げようとする。
手で顔を覆っていたことなど忘れ、胸も露わなまま、
曲げた肘をアスファルトにぶつけるように動かして、上半身を後ろへ後ろへと逃がそうとする。
しかしいつの間にか肩を後ろからしっかりと掴まれ、腰をも大きな腕で抱えられ、
どのようにしてもその場からは逃れられない。
筧も無我夢中だった。
ほとんど慣らしていないことに加え、いくら筧の体液で濡らしたと言っても、
それはほんの入り口だけで、中はほとんど濡れてない。
奥へ進もうにもかなり狭く、ずりずりとほんの少しずつしか動けない。
それでも、鈴音の内部を開くように、狭い肉の中を確実に入り込んでいく。
熱い。
背中に汗が噴出していることに気が付く。
しかし身体に篭っている熱は全く外へ逃れていかない。
小さな身体を逃さないように抱きしめる手の平が汗ばんでいる。
ぐっと細い腰を引きつけ、自らも沈み込む。
胸の中の鈴音の身体が引きつるのが分かる。
ぎちぎちぎちと裂けられていくような感覚に全身を固まらせているのだ。
ただ力を抜いてくれとだけ筧は思う。
それでも無理矢理奥まで挿れ切った。
「あ……」
一度大きく息を吐く。
動きが止んだことを感じた鈴音も、止まっていた息を震わせながら吐いた。
しかしそれも一瞬だった。
我慢できない筧によってすぐに注挿が始まる。
「ひっ、いや、いたいっ!いたいの!」
「おねがい!もうやめっ、やっ」
涙ながらの悲鳴が喉の奥で声にならない声となって鈴音の身体から溢れ出す。
鈴音は息が出来ずに苦しかったけれど、その元凶を作り出している今の筧には、苦痛の声は届かなかった。
筧は自らの全身に走る快楽にただ夢中で、そんなことを気遣う余裕もない。

腰を動かすと挿れたときよりもぬるりとスムーズに動いた。
鈴音の中が裂けて血が流れ出していたのだった。
筧はそんなことは全く気付かなかった。
初めて感じる女の胎内は、筧の雄を力の限りぎゅうぎゅうと押さえつけてきて、とにかく熱かった。
血液と淫液が混ざり合い次第にぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てる。
結合部から溢れたそれが地面へと垂れていく。

お互い衣服を身に着けたままで、筧はまだ未発達の鈴音の身体を必死に貪る。
堪らなくて腕の中の少女を自分の胸に押し付けた。
乱れた衣服の間から触れる素肌はお互い汗でべたついている。
筧の鼻に鈴音の頭が触れ、その髪から汗と体臭を感じる。
筧はその頭ごと抱きしめた。
とめどなく流れる涙で自分のシャツが濡れていくことには気付かなかった。

もう鈴音は抵抗はしていない。
身体を揺らされる度にその男の胸の中で息を詰まらせ泣いているだけだ。

暗がりの中で筧はその身体を何度も犯した。

全てが終わった朝、鈴音は無残な状態でモーテルの従業員に発見された。
衣服は申し訳ない程度に整えられ残骸は片付けられていたものの、何があったかは明白だった。
犯人は見つからなかった。目撃者も、DNA照会からも、全く情報は入らなかった。

それから数週間、筧が手にひどく傷を負ったのを、彼の周りの人間の誰もが疑問に思った。
しかし彼はその理由を決して語ろうとはしなかった。
彼は誰かにそれを話すことが出来なかった。
終った後、気を失った少女を見て、筧は震えた。なんてことをしてしまったのだろう。
出会ってから流れた時間は実際は短かったが、筧にとっては嵐のようであったし、少女にとっては地獄のようであっただろう。
初めて見たときは少女は笑顔だったのに。あんなに安心して俺を頼ってくれたのに!
彼は呆然と家に帰り、ただ警察を待った。逮捕されるのを覚悟した。どんなことをしても償おうと思った。
しかしいつまで経っても、捜査の手は彼の元には及ばなかった。
少女はその夜を忘れる道を選び、そのまま月日と共に、少女自身もその夜を記憶の彼方に消し去った。
しかし筧には決して忘れ去れない罪悪の記憶となって残った。
名前も、可愛らしかったあの笑顔も、忘れられなかった。
後悔は彼に重くのしかかったが、どうすることも出来なかった。
日本で少女と再会するまでは。


 



 
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