その日、聞いてしまった声がどうしても耳からはなれない。
 戸の向こうから、小さく、だが確かに漏れてきた声。
 『はっ、あぁ…んっや、ぁ……っ』
 甘ったるい雌の喘ぎ。
 同時にその香も私は嗅いだ
 確かめるまでもない。今、扉越しに何が行われているのか、私は悟り、戸の前で足を止めた。
 (……離れなきゃ)
 戸に背を向けてそこを去ろうとした。
 その時、あの子の声さえ聞こえてこなければ。
 『鈴、音……っ』
 去ろうとした足が止まり私は硬まる。
 膝が笑う。体が震える。
 それが何から生まれたかを考えたくはなかった。
 一瞬歪んだ視界から立ち直って私は駆け出す。
 鼓動は早鐘の様に鳴ったが、逆に体温は冷えていった。
 それはまだ、戻っていない。
 
 今までずっと隠し通してきた。
 目を背け気付かないふりをしていた。
 自分の中の愛情の歪み。
 
 ねえ、セナ。
 私があなたの手を引いていたのはあなたの為なんかじゃない。
 あなたはその事に気付いてた?
 
 雨が降った日は部活は休みだ。
 今日は雨だった。
 それも土を溶かし、えぐるほどの激しい雨だ。
 誰もいない筈の部室の戸に手をかける。
 あれから三日、休んだ。
 ああ、だけど。
 それでもどうしようもなく気分が悪い。
 あの日この部屋に充満していただろう臭いが、扉越しにでも伝わってきて思考が狂いそうになる。
 ……嫌、それは違う。
 考えて訂正する。
 狂っているのは元からだ。
 今まで、ずっと。
 戸を開けて、目が見開いたのがわかった。
 三日。
 さすがに三日も掃除しないのはまずい。
 そう考え、自由にしがたい足を運んできたのに――。
 「何よ、これ……?」
 驚嘆は意識せずとも口をついて出てきた。
 戸を開けて、視界に飛び込んできたのは美しく整頓された部室内の情景。
 誰がやったのかは明白だ。私以外にこんな事をできる部員など一人しかいない。
 昨日も一昨日も、この中に仲間達はいたのか。
 自嘲的な笑みが私の口に浮かぶ。
 (何よ、もう……)
 「私の居場所なんて……もう、どこにもないじゃない……」
 
 「サボってんじゃねえぞ。糞マネ」
 「!?」
 突如背後から降りてきた声に私は振り向く。
 そこには、機関銃を構えた見知った男がいた。
 一体何時からいたのか。
 ……今の呟きを、聞いていたのだろうか。
 私の全身にどっ、と汗が噴き出した。
 「三日も何してやがった」
 「……委員会と、日直よ」
 「適当な事言ってんじゃねえ。テメエはこの三日何もねえはずだ」
 「……」
 あの子につく筈だった嘘を目の前の男はあっさりと見破る。
 カチャリ、と男の機関銃が音をたてた。だが、彼はそれをつきつけてはこなかった。
 何故?一瞬逡巡したが、そんな事する暇はなかった。
 「……これ、誰がやったの?」
 突き詰められる前に話を逸らした。答えは、わかっていたけれど。
 「……鈴音の奴だ」
 「……そう」
 主語も何もない私の意図を、彼は即座に読みとった。
 「三日間、無断で休んでご免なさい。明日からはちゃんと来るわ」
 心にも思っていない事を私は言って、彼の横を素通りする。
 だが、次の彼の言葉が私の足を止めた。
 「……チビの親離れがそんな不満か?」
 「――!」
 思いがけず確信を突かれ私は硬まる。
 まずい――と気付いた時にはもう遅い。
 この男は、他人の見せた微かな動揺を見逃すほど愚かではない。
 「……っ!痛い!離して!」
 気がつけば私の手首はしっかりと捕まれ、絞められていた。
 この男には珍しく、ややムキになっているようで私の動きを止めるだけにして
 は必要以上の力がこもっていた。
 「……離すかよ」
 小さな声で答え、男はさらに力を込めてきた。骨が軋む。
 「ガキじゃねえなら甘えんな。子離れくらいできねえのか」
 男は私の目を見据えて鋭く言葉を紡いできた。その一語一語に、私の中で苦々しい思いがこみ上げてくる。
 具合の良い事を言わないで。あんたに何が分かるって言うの。
 「……離して」
 「子離れする気になったか?」
 「っ、離して!」
 「……甘ったれてんじゃねえ!この糞女!」
 「!」
 (――――バンッッ!)
 答えを渋る私に男が激高した。
 戸のまわりの壁に勢いよく叩きつけられ、一瞬息が止まる。
 「か、は……っ!」 捕まれ、抑えつけられた肩が痛い。
 「テメエはずっとそうやって、あのチビに依存してく気かよ!?」
 男が喚く。肩を抑えられているから耳は塞げない。男からの情報を僅かでも遮
 断したくて目を瞑る。
 関係ない。あんたには関係ないじゃない。放って置いてよ、お願いだから。
 頭が痛い。
 「――離してよ!」 
 私は叫んだ。だが彼は逆にさらに声を荒げた。
 「いいか!?あいつはもう、てめえのもん――元々、誰のもんでもねえんだ!なのにそんな依存しててどうすんだ!?」
 ――その通り。
 あの子は誰かのものではない。
 ましてや、私のものである筈もない。
 ああなんて、図々しい勘違い。それは目の前の男の言うとおり。実に尤も。
 だけれど。
 自分で自分に言い聞かせるのと、他人が言い聞かせてくるのでは次元が違う。
 「それがあなたに何の関係があるの!?」
 「!」
 男の表情が曇る。
 当然だ。私が関係ないと言えば、この男に私に関わる必要性は無くなる。
 これは私の問題だ。
 他人がとやかく関わってくる物ではない。
 「そんなの、私の勝手じゃない!」
 「っ、それは……!」
 男の答える声が、掠れた。肩を抑えつける力が、緩んだ。
 終わった。この男はもう関わってこない。そう、思った。
 ――だが。
 視界がぶれた。
 「!?」
 それが、男の手が自分の頭を引き寄せたからだと理解するのに、一瞬を要した。
 何故、引き寄せたか?それは――
 「んんっ!」
 唇が、重ねられる。
 不意の事に唇を塞げず、隙間から舌がのびてきた。
 舌が口内を蹂躙していく。
 あまりの気色悪さに全身に鳥肌がたつ。
 (嫌!)
 思い切り舌を噛んだ。
 「ぐっ!」
 口を手で抑えて彼が離れる。その端から、赤黒い滴がこぼれ落ちた。
 知りたくもない鉄の味を私は味わった。
 「っ、な、んのつもり……よっ……!」
 呼吸を整えながら私は尋ねた。
 「……ああ?」
 「いきなり……っ、どういうつもりなの!?」
 私の問いに彼が顔をあげた。
 その顔に、ある筈のない形容を覚えて私は戦慄する。
 まさか、そんな――。
 「……言わなきゃ、分かんねえのかよ」
 「……!」
 私が、彼の視線に覚えた形容。それは切なさ。
 密やかな中で澄み切った柔らかな狂気。
 必死でその形容を否定する。そんな事、ある筈がない。この男は、彼は、いつだってあの子を、自分を、罵倒してきたではないか?
 だが、今私に向けられた彼の視線には、紛れもなくそれが宿っていた。
 一体何時から――いや、そんな事もうどうでもいい。
 彼が、一歩二歩と近づいてくる。
 まるで、その視線に魅入られでもしたかのように、私は動けずにいた。
 彼が、顎に手をかけてきても。
 「……っ!」
 「一人で子離れ出来ねえってなら……」 顎が、持ち上げられる。
 普段のように嘲りも罵りも含まれていない、静かな眼で、彼は私を見ていた。
 「……手伝うぜ?」
 言って、彼は再度唇を重ねてきた。先のように頭を抑えつけてはいない。払おうと思えば払える。
 だけど、私はそれをしなかった。
 (……手伝うぜ?)
 手伝い。何故彼がそんな事を言い出したのかはどんなに愚かな私でも分かる。
 これは契約。ギブアンドテイク。
 彼は私の体と引き替えに、私の望みを叶えようとしている。
 いや、正確には望みを叶えられないため生まれた、この歪みを消そうとしている。
 二、三秒の迷いの後。
 (……これでいいわよね?ヒル魔くん?)
 私は、腕を彼の首に回した。ゆっくりと、瞳を閉じる。
 これは受諾、割譲との合図。
 彼にこの歪みは消せない。それだけははっきりしている。
 彼だって分かっているだろう。賢さも強さもある彼は、私に手を引かれるだけの子には決してなれない事を。
 だけれど。
 一時で良い。この歪みを埋めて欲しい。
 熟れすぎて腐った感情の行き場。
 受け止めてくれていたあの子の手はもう無いから。
 一時で良い。吐き出させて。
 彼の腕が私の腰と背中にまわる。
 舌が唇を割って口内を蹂躙していく。
 薄く開いた視界の端、転がる機関銃が見えた。
 
 体温はまだ冷えきったまま。
 あの時から戻らない。
 
 しばらくそうして唇を重ねた後、彼は私の体を抱えて室内へ入った。
 視界に飛び込むのはロッカーとパイプ椅子、ベッドて呼ぶにはいささか高いテーブル。タイル地の床。
 「……どこがいい?」
 腕の中の私に、声だけで彼が尋ねてくる。
 どこか場違いなその問いかけに、私は口の端で笑う。
 「ソファー、欲しいね」
 「……欲しいんなら買ってやるよ」
 「花柄か、水玉が良いな」
 「んなもん置けるか、無地だ」
 「……じゃ、床に」
 私の言葉に、彼が私の体を床に置く。
 普段からはとても想像できない。優しく、丁寧な扱いで。
 ブレザーを脱いで、シャツだけになって、私の体を覆うように膝と手を付く。
 タイル地の床は、肌を直接置くには冷たく硬い。最も、冷えきった今の私の体温には最適かもしれない。
 「……姉崎」
 彼が私を見つめる。
 焦燥か羨望か。彼の瞳の奥に覗くのは、今の私には形容しがたい感情。
 おそらく、少し前の私も持っていた。
 私は彼の頬を包んで引き寄せる。呼ばれた声には答えず唇を重ねる。
 彼も私の求めに応じて私の頭部を抑えて瞳を閉じた。
 思っていたより彼の睫が長い事に気がつき私は驚く。
 タイル地の床に爪をはしらせるわけにはいかない。
 瞳を閉じて腕を回して、しっかりその背を抱えて。
 衣服越しに、彼の筋肉を感じた。
 しばらくして、彼の唇が私の唇から離れ、首筋へとのびてきた。
 私は首をそらして視線を外す。彼の姿は、見ない。
 部室についた小窓から、雨が見えた。
 外は、雨。
 土を溶かし土を抉る激しい雨は、土を打って激しく鳴る。
 この音は、決して外には聞こえない。
 「ぁ……っ」
 私は彼の舌に合わせて声を上げた。
 彼は器用にも右手だけでリボンをほどき、ボタンを外していく。
 ブラウスをスカートからはなし、裾から腕を入れて。
 直接肌に触れてくる。
 長い指だ。
 ボールを掴む手に以前そう思った事を思い出す。触れられている今、再度そう思った。
 あの子とは、まるで違う。
 あらわにされた胸に、舌がのびてくる。
 「! ふ、ぁっ……!」
 体が、跳ねる。
 鼓動が、高鳴る。
 肌を這う手は、決してあの子のものではないけれど。
 あの日から返らない体温。
 一時でいい。
 忘れさせて。
 この体に熱が戻るように。
 「んあっ…――!」
 乳首を口に含んで甘く噛まれる。
 空いたもう一方の胸は彼の手の中で形を変えた。
 体の奥、体の中心が、熱を覚えて疼き出す。
 冷えた体温に熱が戻っていく。
 それは間違いなく、この一時で消えてしまうのだろうけれど、そんな事は問題じゃない。
 セナ。
 体が熱に溶かされていく中で、逆に思考は冷えていった。
 ――セナ。
 空中にさまよわせた視線に、あの子の姿を夢見る。
 何時だって私に手を引かれ、何時だって私に縋ってきたあの子。
 涙を手で拭いながら、一人では歩く事も出来ない。
 何時までも変わらないのだと。あのままなのだと。そう、思っていた。
 何て、愚かな空想。
 そんな事、ある筈ないのに。
 「セ……ナッ……」
 喉の奥で幾度も反芻した名前は、感情の高ぶりに合わせてすんなりと口を出てきた。
 「……!」
 彼の動きが、一瞬ぎこちないものになる。だが、私を咎めたりはしない。
 そう、これはギブアンドテイク。
 私はあなたに体を提供した。逆に私があなたの体で誰の夢を見るのか、それは自由。
 例えそれがあなたの知る、お気に入りの少年であっても、それは変わりはしない。
 「セ、ナ……」
 さまよわせた視線に、あの子の姿を見る。可能な限り、鮮明に。
 あなたは何時までも私の手に縋って、私だけ視ていればいい。
 口にはしなかった。だけど今までずっとそう思っていた。
 (……姉ちゃん)
 呼んでよ、セナ。
 (……まもり姉ちゃん)
 私の名前を呼んでよ。
 空想の中のセナが、私に縋って手を伸ばす。
 そう。私の差し伸べた手に縋って。私だけを見て歩いて。
 何時までも変わらなくていい。泣いて縋る幼い子供のままでいて。
 そしたらあなたは、私無しではいられないから。
 これは愛情なんかじゃない。醜く歪んだ私の欲望。
 私無しではいられない。そんなあなたが欲しかった。
 幾年月。有る筈のない妄執。
 「…姉、崎……っ!」
 彼が、私の名を呼ぶ。息が荒くなっているのは、決して気のせいではないだろう。
 低い声だ。ハスキーでもある。
 手は大きく、指は長くて、体のつくりは私のものとはまるで違う。
 あの子と、比べようもない。だけど私は比べていた。
 あの子の手は私よりも小さい。
 身長だってそう。私よりもずっと小さくて。
 背中にまわしている腕に力を込めた。
 体のつくりも、まるで違う。
 あの子は、私が抱きしめたら折れてしまいそうで。
 私を受け止める体も強さもなかった。それで良かった。
 私が手を引いてゆっくりと育てて。
 私の腕の中で、愛していたかった。
 冷え行く思考の中で、幾度回想する。
 私が腕を引いて歩いたあの子の姿を。
 もう、どこにもない。
 私が手を引いて歩いた、あの姿はもう、どこにもない。
 瞬間、ぴくんと体が跳ねた。
 熱に溶かされていた体に、針が刺さった。そう、思った。
 「! 痛っ……!?」
 何が起きたのかわからず体がこわばる。
 夢から引き離された思考に、卑猥な音が滑り込んだ。
 (くちゅ……っ)
 ――!
 それが何かにようやく気づき、血の気がひいた。
 ぞわり、と例えようもない悪寒が背中を走り抜ける。
 ……指が。
 あの、あの子とは似ても似つかない細長い指が。
 「……姉崎」
 「っ……!」
 「……力、抜け」
 入ってきていた。私の中に。
 嫌だ――と、思った。
 嫌悪感が衝動となってこみあがる。今すぐ、この男の腹を蹴り上げたい。喉を
 踏みつぶして醜く嗚咽させたい。けれど、それは出来ない。
 払うことはもとより、逃げる権利も私にはないのだ。
 それは彼が、私に尋ねる権利が無いのと同じで。
 ギブアンドテイク。
 ぎり、と奥歯を噛みしめながら、その言葉の意味を反芻する。そう、これはギブアンドテイク。夢を見た、その代償。
 すう、と一つ息を吸って膝を軽く曲げる。力を抜く――と言うのはよくわからない。ただ、ぬちゅ、と言う粘膜の擦れる淫猥な音とともに指がより深く入ってきたのが分かった。
 「……っ!」
 軽い、痛みを感じた。嫌、初めての経験に体中が違和感を覚えているだけなのかも知れない。どっちにしろ――よく分からない、どうでもいい。
 セナ。
 私は夢を見たいだけだ。端から見たら、実に滑稽で無様な夢を。
 「…おい」
 「何?」
 「……初めて、かよ?」
 「ん…っ、そう……だっ、たら、何?」
 (クチュ……っ、)
 ゆっくりと、指が出し入れされる。彼は随分と気を使っているらしくて、指の動きは緩慢としたものだった。
 それでも、次第に指は増え、慣れ出した其処は彼を受け入れようとより蜜をこぼしはじめた。同時に、今までとは比べものにならない濃厚な雌の匂いが辺りに満ち始める。
 あの日と同じ――そう思うと、口は自然と自嘲的な笑みを形作った。
 私は、あの子の前ではこんなふうには笑えない。何時だって私は、あの子の前ではマリア像を気取るのだ。
 「ねぇ……」
 彼の髪を鋤きながら私は囁く。
 彼が顔をこちらに向けた。上気した肌は桜色に染まっていた。
 私も、こうなのだろうか?鏡が無いので確かめようもないが。
 「何だ? 姉――…」
 『姉崎』、と呼ぼうとした彼の口に、私は人差し指を押し当てて止める。微かに眉を寄せ、困惑した彼と目があった。
 「――…何だよ」
 「姉ちゃん、って……呼んで?」
 彼の表情が曇る。
 これがもし、今と違う状況であったら、彼は普段するように私に銃を突きつけてきたに違いない。
 ややあって。
 「……『姉ちゃん』」
 掠れた声で、忌々しげに彼は私の注文を吐き出す。
 恋敵――と言う事になるのだろうか?彼にとって、この呼び名は。
 『姉ちゃん』
 これは、あの子の呼び声。
 幾年月。親しんできたもの。
 その時、慣れ親しんだ呼び名はあの子以外の声では何の意味も成さないのだと、私は知った。
 「ふふっ……」
 乾いた笑いが喉の奥、転がる。何故だろうか、その時私は、諦めが満足にとても似たものの様に錯覚した。
 次の瞬間、ぐいっと膝が持ち上げられ体の芯を熱い塊が貫いた。
 「――ん、ぁ…っ!」
 衝撃に、目が眩む。
 一瞬、視界がモノクロームに染まったのが分かった。
 痛みに奥歯を噛みしめていると、目の端から涙がこぼれた。
 「――っ!」
 単なる悲鳴になりそうな声を必死に飲み込む。
 自然と腕には力が入って、爪が肉に食い込むのが分かった。
 「……今ので、満足かよ?」
 (ズッ――)
 「っあっ!?」
 彼がより深く自身を私の中に入れてきた。激しい痛みが次第に熱となって体の奥からはいあがる。
 「ん――…んんっ」
 その熱が疼きとなって体をかき回してくるのに大した時間はかからなかった。
 「ぁん……あ、あ……っ」
 無意識に、体が快楽を求めて腰を揺する。だが彼にそれを押さえつけられた。
 「テメェが勝手に、動くなよ…っ!」
 「あ…んっ…!」
 自分から求める事が叶わなくなってさらに体の奥が疼く。 ヒル魔く――…
 名を呼び懇願しそうになって、はっと息を飲み込む。呼び名を決めるのは私だ。
 これは私の夢なのだから。
 「セ、ナ……ッ」
 名を変えたら終わってしまう。
 私が呼んだ瞬間、根本まで入っていたそれが、ほんの僅かな先端を残して引き抜かれた。そしてすぐに――再度奥へと貫かれる。
 「ぁ――、んぁあうっっ!!」
 それが幾度も繰り返される。
 彼はもう名前を呼びはしなかった。只体を求めてきた。
 今までの丁寧さが嘘の様だ。いや、嘘だったのだろう。
 彼は私の我が儘にはもう十分付き合った。次は、私の番なのだ。
 「ひあっ――ぁっ、んんっ!ぁああっっ!!」
 押さえつけられた体に腰が打ちつけられる。グチュグチュと音をたてながら互いの粘膜が擦れ合う。吐息が軽くかかっただけで肌が熱を持って喘ぐ。
 呼吸するのに精一杯で開いたままの口からは涎がこぼれた。
 舌先に感じた塩気は、おそらく先に流した涙のもの。
 体が――熱い。
 体が芯から溶けて無くなりそうだ。こんなの、単なる粘膜の擦りあいだというのに。
 物足りない、もどかしい――…もっと、奥まで――
 「――ん、あぁうっっ!!?」
 瞬間、体の芯を、今までの比でない灼熱が貫いた。
 いや――広がって、染み渡っていく。といった方がいいかも知れない。体の熱が霧散していく。
 ……何、コレ?
 それ迄とかけ離れていく感覚に意識が追いつかない。
 腕に込めていた力が――いや、体中の力が抜けて――…
 「――っ!…ぁ……!」
 ……視界が暗転した。
 
 目が覚めて、失神していたのだと気づいた。
 「……起きたか?」
 「!」
 体を起こし、声のした方を向けば見知った人の姿。
 一体何を――
 していたのか、と疑問が続く前に自分のした行為を思い出す。
 熱を持った床。はだけた衣服。その上から掛けられた毛布。
 …――そうだ。私は、彼と関係を結んだのだ。
 毛布の下の、自分の体を確認する。赤い鬱血が幾つか残ったそれは、自分の物では無いようだ。……いや、様に、ではなくそうだ。この肌はもとより、体だってもう自分のものではない。
 微かに、下腹部が痛んだ。
 「飲むか?」
 そう言うと彼はブラックコーヒーを差し出した。霧がかかった様にはっきりしない思考には丁度いいかもしれない。
 「……一口、頂戴」
 断って、彼の差し出したコップに口をつけた。余り苦いと思わなかったのは舌が麻痺していたのか。或いはこの間に味覚が変わったのか。
 あれから、どれほどがたったのだろうか。
 「……今、何時?」
 「八時。テメェが寝てから二時間弱だ」
 「そう……」
 乱れた衣服を整えながら、窓の外を見る。いつの間にか雨はやみ雲ははれて、空には満月が浮かんでいた。
 「……ねえ」
 「何だ」
 「……何時から、だったの?」
 帰り支度をする傍らで尋ねてみた。答えたくなかったら答えなくていいよ、と付け足して。
 初めからあったこの問い。そう、一体何時から彼は私の事を?
 何時から好きに、というのには興味はなかった。だが、私のセナへの感情に一体何時から気付いていたのかが気になった。
 感情を隠すのは下手では無い。
 例え相手が誰であったとしても、あの子に対してするようにマリア像を気取る事は、私には決して難しい事ではない。
 微かな沈黙が流れる。
 変わるか、と思ってその表情を眺めたが、変化は見られなかった。
 「……テメェが、ちびしか見てねえ事に気づいた……だからだ」
 「……そっか」
 発覚と自覚が同一の物であったことに安堵する。彼は部で最も賢い。彼が気付かなかったのなら、他の部員もおそらくは気付いていないだろう。
 それでも念のため確認した。
 「あなた以外に、気付いてる人いると思う?」
 「……いねぇな。チビも含めて」
 「そう……ありがと」
 彼の答えに、私は今度こそ本当に安堵し胸をなでおろした。
 気付かれるわけにはいかない。あの子自身には勿論、部員達にも。……彼女にも。
 外は真っ暗だった。月の出る時刻なのだから当然といえば当然なのだが、電灯も何もない夜の学校は足下さえ朧気だった。
 小さな段差につまづきそうになって、彼に手を引かれた。
 「……どこまで送る?」
 「駅まで、お願い」
 学校から駅までの僅かな道程に、会話はなく、私は彼に手を引かれながら体に残る幾つかの赤い鬱血を思った。それは間違いなく、明日の朝には紫がかっているのだろう。
 ……欺く手間を思うと、明日の体育は見学か。
 それは、紛れもない自身の事でありながら、その時私には他人事のように思えた。

 



 
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